吉田俊道さん 微生物と共に生きよう

吉田俊道さんの長崎新聞 2007年2月の記事

http://kinchangenki.hatenablog.com/entry/2020/02/07/082414

http://kinchangenki.hatenablog.com/entry/2020/02/08/053012

 

2007年に書かれたもののようですが、今の状況にとても合う記事

共感します

 

ちょっと長い記事なので、お時間あるときに…

心に響くものが、きっとあると思います

 

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今回の新型コロナウイルスの騒動

政府、医療機関がすすめている対処法は…

 

外出を控える 人混みを避ける

イベントは自粛

うがい、手洗い、マスク

PCR検査、抗ウイルス薬

 

遮断、隔離

殺菌、滅菌

 

これらは、感染症対策として無意味ではないでしょうが…

最優先事項ではありません

根本的な勘違いがある気がします

 

微生物から逃げ回ること、排除し尽くそうとすることは基本的に無理があります

そして、手痛い代償を、あとで必ず払うことになります

 

生命は本来、相互依存で成り立っています

 

命、循環、つながり

目に見えないものたちの働き、共生

 

こういう生命観を思い出し、

命への信頼と感謝が広がり、

多くの生物との共生を目指す社会になっていく…

 

この騒動がそんな機会になればと願います

 

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【元気な土が強い野菜をーいい菌で悪循環を断ち切るー】

 

土はばい菌だらけ!

 

だからビタミン、ミネラル類の集中している皮は全部むいて食べましょう。

ホウレンソウやコマツナの株元付近は生理活性物質が豊富といわれても、わずかな土が隠れているから捨てましょう。

栄養価が高いといわれるキャベツのしんは、土も付いていないし、上の方は硬くもないけど、ついでに捨てましょう。

生野菜はどんな菌がいるか分からないから、熱湯で殺菌して酵素を壊し、ミネラルも流してから食べましょう。

 

こんなこっけいな無菌主義が責任回避のためにまかり通っています。

どうしてそこまで徹底して命の濃縮部分を捨て去り、子どもたちの命を弱らせるのでしょう?

 

関係者の方、怒らないでね。

他人に責任転嫁して自己責任で生きられない人が多い中ではそうせざるを得ないのですよね。

 

ただ、その結果、日本人はますます弱くなり、いつでも病原菌が繁殖できる状態です。

ごく少量の菌で簡単に食中毒を起こす人が出てきたため、ますます食材は完全な無菌化、添加物使用を要求され、調理場はすでに手術室並みのレベル、時々加工食品に消毒薬のにおいが残る始末です。

 

実はまったく同じ現象が農業の世界でも起きました。

土の中の微生物が少なかったり、ミネラルバランスが崩れると、作物の細胞が衰弱します。

 

そこを土壌病原菌が食べにきて病気が出ます。

それを菌が悪いと勘違いして、土全体の全生命を薬品で殺す土壌消毒を行います。

すると病原菌がいないので取りあえず病気にはなりませんが、作物自身はますます生命力が弱まっていきます。

 

そして数年後にはいくら土壌消毒しても、普通なら問題にならない程度の病原菌が侵入しただけで病気が激発、作物は壊滅的打撃を受けるようになります。

病原性大腸菌O157は超清潔な生活スタイルの場合に重症となりやすく、日ごろから泥んこ遊びをする子は無症状だったという報告と同じ原理なんです。

 

農業の世界でも、ごく微量の病原菌が入り込んだだけで病気が出るようになり「見学者お断り」のハウスまで出てきました。

でもこの悪循環を経験して、今では無理な無菌化に血眼になるより、良質の堆肥(たいひ)をたくさん入れて土の中をいい菌だらけにする方がはるかに効果的だと考えられるようになりました。

 

本物の有機野菜は、畑の中の膨大な微生物の出す生理活性物質を吸収して、元気いっばいに育ちます。

土を元気にして強い野菜を育てたら、農薬を使わなくても虫は暴れ食いしなくなったし、病気もこない。

このことを長崎では多くの市民が生ごみを使った家庭菜園で実体験し、この感動は他県にも急速に広がっています。

 

弱い野菜を無理に危険な農薬で守ることより、まずは畑を命いっぱいにして、強い野菜を育てた方が、私たちの体に良い。

しかもはっきりと味が違う!

 

実は人も「おなか畑」(小腸)に根を張って育っています。

ですから人もおなか畑を無菌にするのは大間違いです。

生命力に満ちた元気な食べ物を、特に大切な皮や生長点を捨てずに「おなか畑」を命いっぱいにして、自然界の生きる力とつながりませんか!

 

自分を弱いままにして、いつまで相手(菌)を殺し続けますか?

その相手にいつまで勝てると思っていますか?

しかもその相手があなた自身だとしたら?

 

この深い意味は「もののけ姫」の中にありました。

続きは次週に。

 

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【微生物と共に生きようー命を与え奪い、リレーするー】

 

新型肺炎(サーズ)が一息つけるかと思ったら、今度は鳥インフルエンザ。

また、究極の抗生物質といわれるバンコマイシンでも死なない腸球菌も出現。

現在世界中にまん延しつつあります。

 

2002年にはその耐性能力が腸球菌からブドウ球菌にも伝わったことが確認されました。

抗生物質多剤耐性菌は私たちが菌を殺そうとすればするほど、その種類も数もさらに増えていきます。

 

「私たちの生存を脅かす敵は微生物! 菌ちゃんは何でも殺してしまえ!」。

人類は抗生物質を発見し、菌に戦いを挑み始めました。

それからまだ七十年もたたないのに、もう勝敗は決まろうとしています。

 

「なぜ微生物は私たちの命を奪おうとするの? 菌なんか大嫌い!」。

勝てない敵に対してさらに恐怖感が募り、極端な『無菌思想』が人々の心と生活習慣にまん延しています。

 

微生物は、今から三十数億年も前、地球が生まれて程なく誕生した、生命の最小単位です。

 

私たちはこの菌ちゃんパワーをいただくことで元気に生かされています。

みそ、しょうゆ、たくあん、梅干しはその代表選手。

 

また元気な土一グラム中に十億も存在する菌ちゃん。

その生理活性物質を吸収して元気な野菜が育ち、私たちはそれを食べて生かされています。

 

私たちに命をリレーしてくれる菌ちゃん。

つまり私の命そのものである菌ちゃんが、なぜ私の命を脅かすの?

菌ちゃんって何者?

 

それは長編アニメ『もののけ姫』の中の「しし神」として表されていました。

しし神が触れると、ある時はそこは生命の泉になり、ある時は死の山になります。

しし神は主人公の「アシタカ」に生命力を与え、イノシシの神「おっことぬし」の残された生命力を奪いました。

「しし神は命を与えもするが奪いもする」。

このせりふ、覚えている人も多いでしょう。

 

連載第3部の、土の中からよみがえる生長点の話、覚えていますか?

ニンジンくずを土に戻してください。

老化した葉のとても硬そうな茎、人はとても食べたくない部分を、菌ちゃんは十日で跡形もなく食べ尽くします。

反対に、生長点付近のとても柔らかい元気な葉は、食べないどころか命が復活してきます。

 

可能性のない命は食べ尽くし、可能性がある命は助ける。

しし神とは菌ちゃん、つまり地球の循環の法則を表しているようです。

 

どうして柔らかくおいしそうな部分を、しし神は食べないのか?

なぜなら、そこはしし神そのものだから。

しし神のパワーが集中しているところだから。

 

しし神(地球)は、ただただ命でいっぱいになろうとしています。

 

だから、私たちが不健康になったら、体の掃除に来るし、見込みのない命は速やかに新しい命の材料にする。

命は循環している。

そう見えてきませんか。

 

もしそうだとしたら、病気から逃れるためには、病原菌を殺すことではなく菌とつながってもっと元気になることではないでしょうか?

もうそこにしか未来の希望は見えないのです。

 

地球の命、つまり、しし神とつながっていない人は、いつかは、しし神に命を奪われる。

そして地球の命は、生長や皮に集中し、種(穀物)や昔ながらの発酵食品の中に凝縮されています。

地球の命を食べなくなった弱い人間、つまり、しし神とのつながりを切った人間に、しし神が押し寄せて来ているのではないでしょうか?

 

「しし神は死にはしないよ、命そのものだから。生と死と二つとも持っている」

「私に生きろと言ってくれた。共に生きよう」

 

このアシタカのせりふは現代社会の私たちに強く警告しています。

共に生きることをやめ、しし神を敵に回してしまった人類は一体どうなるのか?

その答えは『風の谷のナウシカ』にありました。

 

詳しくは次週。

 

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【命の循環支える微生物ーおかしい日本の無菌思想ー】

 

野菜に同じ農薬は続けて散布しません。

医療現場でも強い抗生物質はできるだけ使わないよう注意されます。

使えば効かなくなるからです。

 

殺せば殺すほど微生物は強くなる。

 

微生物とはあらゆる命の生みの親であり、同時にあらゆる命の終わりの局面に現れて、新しい命に再生させる働きもしています。

腐った世界にも繁殖してそこを浄化しています。

要するに地球の循環、命の循環の心臓部の働きをしていて、この働きを長編アニメ『風の谷のナウシカ』の中では腐海(腐界)として表現しています。

 

「腐海にのみ込まれて滅びるのはいやだ」。

人々は腐海の虫や胞子を焼き払います。

でもどんなに完ぺきに殺菌したつもりでも、そこに汚れた土がある限り、腐海の胞子は侵入してきました。

殺せば殺すほど腐海の虫たちは怒り狂って押し寄せてきました。

 

でも主人公のナウシカは発見しました。

腐れきった腐海の底は清浄の地だったのです。

 

「腐海は人間が汚した世界をきれいにするために生まれたの。

みんなに伝えて!

腐海が生まれた訳を。

虫は世界を守ってるって!」

 

虫や菌が私たちを腐らせるのではない。

弱っているのは人間、土なんです。

 

連載第2部に詳しく書いたように、現実の世界でも病害虫は生命力の弱い、まずい野菜を食べにきます。

私も有機農業を始めたころ、ナウシカと同じ発見をしました。

狭いブロッコリー畑の中に、毎朝虫取りをする所と、ほとんど虫がいない所があるのに気付いたのです。

そして虫が来る方のブロッコリーは、食べるとはっきり苦かったのです。

 

「元気なおいしい野菜には病害虫は集まらないんだ。

人が生きるために殺し続ける必要のある命なんてなかったんだ。

自然はなんて素晴らしい仕組みなんだ!」

あの時の感動は今も覚えています。

 

道端の腐敗した動物の死体も、数カ月で浄化した土に変わる。

私たちが大嫌いなウジや腐敗菌は、実は腐った世界にすんで新しい命を生み、結果的にそこを浄化しているわけです。

昔の人は腐敗した人糞(ふん)尿を数年間も放置して、完全に浄化してから肥料に使っていました。

清と濁はつながっていることを体が知っていました。

 

しかし、今の多くの人たちは、自分を支えてくれる食べ物さんの調理くずを不潔に思い、自分の命の出発点である土を汚がり、自分の体そのものである微生物を全部消毒したいと考えています。

いつから私たちはこれほどまでに地球を、自分を怖がるようになったのでしょう。

 

命に別条のない程度の危険に過敏に反応し、極端な安全志向の結果、生命力の激減した食べ物を増やし、私たちの生命力も精神力も知らず知らずのうちに大きく低下したようです。

不健康な野菜にたかる病害虫のように、風の谷に押し寄せるオーム(巨大な虫)の大群のように、日本人を狙う病原菌はめじろ押しです。

いつか殺菌、防疫のバリアーが壊れたとき、何人の人が生還できるのでしょうか?

 

昨日まで飼っていた鶏が、翌朝突然子どもたちの前から姿を消し、卵や牛乳が、生のままおいしく食べられる期間を過ぎたからと言って、ケーキなどの加熱・加工食品にも回されずに、命が生ごみとして廃棄されようとしています。

それにおかしいと声を出す人が少ないこの日本。

無菌思想ここに極まれり。

 

狂ったように風の谷に突進するオームの大群。

「もうだめだ!」

その時ナウシカは、ただ前に立つしかありませんでした。

「ごめんね! 許してなんて言えないよね」

 

このナウシカの深いやさしさが、現実社会の多くの人たちの心にともるとき、真の意味での循環型共生社会が実現するのかもしれません。

 

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※新型コロナウイルスに関して まとめリンク

2020.03.09 Monday  
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